2016-08-28 - ひとこと

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 連れ合いと九州国立博物館に行く。東山魁夷の特別展が開かれていたから。
 日本の自然を描いた画。緑や青のグラデーションが深みやリズムを生み、静かな静かな静かな息吹を感じる。
 僕って日本人だなぁって感じたのは、西洋特に北欧の風景画を見たとき。筆致は一緒でも引きずり込まれる精神性が僕の中に湧いてこないから。
 日本人はヒトを自然と対立するものとは見ない。包み込み・包み込まれる一体のものと考える。西洋の自然だ、とインプットしちゃうと回路が働かないようだ。
 魁夷さんの画には、悠久な森林あるいは草原風景の中に、歩いている白い馬が一頭小さく描かれているものがある。僕には、カッポ・カッポと時を刻む象徴に思えました。
 猛暑の中、涼やかな風を感じた一時でした。

2016-08-20 - ひとこと

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 天皇の「お言葉」が8日に発表される。その前に天皇(制)についておさらいをしました。
①天皇は、「国民」か?
現行憲法上、天皇は国民統合の「象徴」であり、国民は「主権者」である。天皇も国民とすれば「主権者」であり「象徴」とは相容れないのでは。
②天皇に基本的人権の保障はあるのか?
天皇が「国民」でなければ、天皇は国民に保障されている基本的人権の枠外に位置づけられる。もちろん、「象徴」にふさわしい扱いを受けるわけであるが、各種の自由はないということ。
③退位は可能か?
日本国憲法は「皇位の世襲」(2条)を定め、皇室典範が詳細を定めているも、天皇の辞める自由は定められていない。基本的人権がなければ、辞める決まりのない皇室典範のもとでは辞められないというのが普通の解釈でしょう。
 戦後、昭和天皇は人間宣言をして神からヒトになった。平成(?)天皇のお言葉も、より生身の人間宣言というべきかな。
 同じヒトとして認めてあげたい。

2016-08-10 - ひとこと

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 自筆の遺言書には、「署名」と「押印」の両方が必要で、どちらかが欠けると無効になります。
 押印については、平成元年に最高裁が「拇印」でも有効と緩やかに解していた。
 今回問題となったのは「花押」である。花押は戦国武将が名前を図案化したもので、文書の末尾に記して真正な文書であることを示した。
 現在でも、閣議決定の際に、全閣僚が筆で花押を書くことが慣例になっているそうだ。知らなかった!
 裁判で争われたのは、琉球王国の名家の末裔が残した遺言書の花押。
「真意が確認できれば、幅広く認める」という流れからして、有効でおかしくないと考えられ、一審・二審はセーフと判断。ところが最高裁はひっくり返した(H28.6.3)。
 理由は、花押は「書く」もので「押す」ものではないという形式論と、花押には我が国に文書完成の慣行や法意識の存在が認められないという実質論でした。
 金融機関などを中心に「印鑑不要論」が高まっていることからすれば後ろ向きといえる。

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